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横浜地方裁判所川崎支部 昭和42年(ワ)271号 判決

原告 渡辺六視

被告 日本鋼管株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一  原告

(一)  被告は原告に対し、金一六、五四一円およびこれに対する昭和四二年七月二三日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  原告が被告に対し、被告の原告に対する昭和四二年七月三日付懲戒処分に基く始末書提出義務の存在しないことを確認する。

(三)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告

主文と同旨の判決。

第二、原告の請求原因

一  被告は鉄鋼板、条鋼等の製造等を目的とする株式会社であり、資本金七八六億八、四八〇万円、従業員三七、〇〇〇名、川崎、水江、鶴見、福山、新潟、富山に工場をもち、アメリカ、西独の鉄鋼独占資本と結びついた鉄鋼独占資本である。

二  (一) 原告は昭和二四年四月一日川崎市南渡田町二、七三〇番地所在の被告の川崎製鉄所の従業員となり、現在製管第三課接手管係に所属し、ターレツト旋盤の業務をしているものである。

(二) 被告は鉄鋼産業の合理化を従業員の犠牲によつてなしとげようとして、合理化遂行の障害と判断すれば労働組合の転覆、特定の従業員を生産阻害者などと名指しの攻撃を加えるなどし、労働強化を一層強め、一〇か年で粗鋼生産を三倍以上にするなどの合理化を強行してきた。

このため原告の職場でも「有給休暇を自由にとらせろ」「欠勤補充を完全にしろ」「要員をふやせ」「会社でのけがは全部公傷扱いにしろ」「仕事をあおるな」などの無数の要求となり、かかる従業員の当然の要求を労働組合の協調によつて押えようと企て後述のように川崎製鉄所労働組合接手管支部に対する公然たる支配介入をして、その組織を破壊し、また原告らに対する公然たる名指しのアカ攻撃をしてきたものである。

かかる状況の中で、原告は労働者に犠牲を強いる合理化に反対し、労働条件の向上、職場を明るく働きやすい状態にするために、被告の職制の不当な言動には常に抗議し、改善させるために戦つてきた。

(三) 被告の接手管職場に対する攻撃は次のような悪質なものである。

被告は、昭和三九年一一月一日接手管係長を更迭し、松本正徳を就任させた。松本は右職制に就任すると、現場に机を置き、直接の監視をすると共に、職場従業員に、就業中個別的に面接を始めた。松本の面接は、独りずつ従業員を自己の机の前に座らせて、「自分が必ず何年か後に班長にしてやる」と甘言をもちかけて、組合役員や活動家についてどう思うかと意見を求め、同人に迎合する発言をさせた上で、公然と共産党員を職場から追い出すために努力することを約束させる内容のものであつた。前記組合支部役員に対しては、「君は共産党員か。君はいま組合支部の役員をしているが、君にはその能力がないからすぐやめろ。次の組合選挙では必ず叩き落してやる」などと威迫し、青年労働者に対しては、「会社の規則に従うのは当り前だ。それが嫌なら山にもぐつて炭焼きになるか、ガード下の靴磨きになれ」などと怒鳴るのであつた。そして、当時の川鉄労働組合接手管支部を転覆させる目的で山崎広吉、佐藤奎吾、など作業長、班長などの職制を中心に、昭和四〇年一月頃から、「職場を明るくする会」と称する組織を作らせ、「現在の職場は暗い。それは支部役員を共産党が牛耳つているからであり、職場を真に明るくするには共産党を追放しよう。そのために結集することを誓う」などと書いた趣意書を廻して一人一人署名をしない者に対しては、直接、前記松本のところに呼出し「君は共産党員か。共産党はらい病より始末が悪いのだ。今後、渡辺六視、佐藤時雄などとは絶対つき合うな。あんな共産党に味方するよりも職制の言うことをきいた方がどれだけ有益か判らない。君が共産党員でないというなら、君の言葉を実際の態度で示してほしい。明るい会から誘いがあつたら、入会するか」と、原告らを誹謗して同会への入会を強要してきたのである。こうして威迫と強要によつて集められた署名を、組合支部転覆のための臨時総会開催要求署名に流用し、同年一一月三日臨時総会の招集を要求させ、組合支部が、同年三月七日に臨時総会を開催することを決めると、同月三、四、五日の三日間署名者全員を作業終了後、時間外労働扱いにして集合させ、「明るくする会」の代表の発言には全員拍手すること、何でも採決採決という会議運営をしてゆき、これに必ず賛成する。採決はすべて挙手の方法をとる。などの事柄を決めて、右総会において、支部報告方針を否決させ、かつ役員不信任動議を提出してそれを可決させたのである。こうしてその後も、原告や原告と親密な交友関係にある者を名指して共産党員だから追放しろ、とか処分するなどと脅しをしてきたのである。被告のかかる攻撃に対して、原告はその有志とともに「ものも言えない職場」を改善し、職場の中での民主的な権利を守るために、その先頭に立つて戦つてきたのである。

三  原告は昭和四二年一月八日告示、同年同月二九日投票の衆議院議員総選挙において、神奈川第二区から立候補した日本共産党候補松島松太郎の選挙運動のため、同月一三日頃、作業長である佐藤奎吾に対し、次週一六日からの一週間は定時で帰りたい旨申し入れた。これに対し、同人は「一日だけしか許可できない」旨回答して時間外労働を強要してきた。原告は更に同月二〇日朝、再度同人に対し、総選挙という限られた期間に行われる政治活動だから、是非諒承するよう求め、組合本部、支部にも問合せて交渉したが、同人は言を左右にしてこれを容れず、時間ばかり空費するので、同日は定時間労働で職場を離れた。ところが被告は五か月余を経過した昭和四二年六月二〇日頃、突如として原告に対し、前述の事情で時間外労働を拒否したことをはじめ、昭和四一年三月頃、「みんな残業に追いまくられてくたくたに疲れている」という趣旨のビラを撒いた。同年一一月職場で大声で歌を唱い係長から制止された。同年三月、バツテリーカーを無断で運転した。同年四月、作業中に手を休めてパンを食べていた。同年九月、腹痛で休み、一日目は電話連絡したが、二日目は無断で休んだ。などの理由をフレイムアツプして懲戒処分にすることを公然と言い放ち、昭和四二年七月三日付で小滝製管第三課長を介して、「労働協約四〇条四号、一四号、一六号および四一条一号ならびに就業規則八八条四号、一四号、一六号および八九条一号により昭和四二年七月四日から同年四月一一日までの出勤停止七日間の懲戒に処する」との懲戒処分ならびに労働協約三九条一号、三号、就業規則八七条一号、三号に基き同年同月一二日までに始末書を出すように通告してきた。

四  しかしながら、被告のなした右懲戒処分は、後記理由により無効である。

(一)  右懲戒処分は、原告が前記のように選挙活動に参加するため時間外労働をしなかつたことを理由とするものであつて、原告の正当な公民権としての選挙権行使と政治活動に対する重大な侵害であつて、労働基準法七条に違反し無効である。すなわち、原告が、松島松太郎の選挙運動に参加するため時間外労働をせずに、その時間を選挙活動に用いることは、右七条にいう選挙権(特定の候補を支持し、その当選のために活動する権利を当然に含む)の行使であり、被告において、その時間を保障しなくてはならないものである。

(二)  右懲戒処分は、原告を共産党員またはその同調者とみなした被告の原告に対する思想信条を理由とする差別的取扱いであつて憲法一四条、労働基準法三条に違反し無効のものである。すなわち、被告は原告を共産党員と断定して、名指しで中傷誹謗してきたのであるが、原告が共産党候補の選挙活動に参加する旨申出たので、他党派の運動員については特別の便宜を与えながら、原告に対しては、時間外労働から一日しか除外せず、原告に対し、不当な差別扱いをしたものであり、こうした差別的取扱いに応じなかつた原告に対し、原告が共産党員であるということによつて本件懲戒処分をしたものである。

(三)  本件懲戒処分は、その懲戒事由のいずれをとつても全く理由がない。すなわち、

(イ) 被告は労働基準法三六条に基く時間外労働の協定(三六協定)を楯にして、原告に時間外労働を強要し、これに応じなかつたことを理由に懲戒したものであるが、三六協定は単に労働基準法三二条、三五条、四〇条による制限を免れしめるものに過ぎず、被告など使用者が、時間外労働を従業員に強要することまで認めたものではない。被告の原告に対する時間外労働の強要は、懲戒による威嚇によつて、精神の自由を不当に拘束して、その意に反して労働させるものであり、労働基準法五条、憲法一八条に違反するものである。

(ロ) 原告が昭和四一年三月「みんな残業に追いまくられてくたくたに疲れている」とのビラを撒いたとの点も、原告の言論、表現の自由を懲戒による威圧によつて侵害するものであり、ビラを撒くことは何ら懲戒に問擬さるべきものではない。しかも、不当にも原告が右のようなビラを撒いた直後、接手管係長松本正徳は「残業で疲れているのはお前だけだから今後一切残業はしなくていい」などといつて、原告の時間外労働の提供を拒否した。

(ハ) 原告がバツテリーカーを運転したとの点も、仕事を順調に進めようとする原告の誠意を故意にわい曲したものである。原告は以前バツテリーカーを運転して資材製品を運搬する業務をしたことがあるので、バツテリーカーの運転要員不足のため、停滞している資材製品の運搬に協力したのである。

(ニ) 原告が、大声で歌をうたつたとか、パンを食べていたとの理由においては、処分の合理性自体を疑わせるものである。歌一つうたえない職場にして常に従業員を監視し、小休止すらさせないよう監視を強めている異常な労務管理を平然と行つている被告にだけ通用するものであつて、合理性も相当性もないのである。

(ホ) 原告が昭和四一年九月無届欠勤を一日したとの理由は語るに落ちるものである。すなわち、原告はその頃腹痛のため電話で有給休暇請求をして欠勤し、翌日も回復しなかつたので出勤しなかつたところ、被告は何の理由も示さず、原告の態度には誠意が感じられないと言つて、恣に無届欠勤にしてしまつたのである。

五  以上のとおり、本件懲戒処分は、いずれの点から検討しても、法律上の理由は全然ない。被告は原告の昭和四二年七月四日からの就労要求に応ぜず、七日間の出勤停止期間中の賃金を支払わないことが明らかであり、かえつて始末書の提出を労働協約就業規則によつて強要してきている。

原告は被告の川崎製鉄所の従業員として、毎月二二日に同所において賃金の支払いを受けてきたものである。そこで、被告が出勤停止を口実に支払いをしない七日間の賃金相当額は、昭和四二年五月分の賃金に基き計算すると、稼働日数二三日、地方税、共済組合費、組合費、保険料、通勤費用負担、家族療養附加金などを控除した金額金五四、三六五円を稼働日数で除した金二、三六三円が平均賃金日額であるので、これに七日を乗じた金額一六、五四一円である。被告は右金員を昭和四二年七月二二日に原告に支払うべきところ、その支払をしない。

よつて、請求の趣旨記載の判決を求める。

第三、請求原因に対する被告の答弁及び主張

一  答弁

(一)  請求原因第一項の事実は、資本金額及び「被告会社がアメリカ西独の鉄鋼独占資本と結びついた鉄鋼独占資本である。」旨の主張を除き概ね認める。

(二)  同第二項(一)の事実は認める。

同(二)の事実は、被告会社が設備の新設、拡張等により粗鋼生産を一〇か年で三倍以上に増大したことは認めるが、後段の原告の行動に関する事実は不知、その余の事実は否認する。

同(三)の事実は、昭和三九年一一月一六日、人事異動により製管部製管第三課接手管係長に松本正徳が就任したこと、同年一二月一日頃机を総合事務所から現場事務所へ移したこと、同係長が就任後部下である接手管工場の全従業員に面接したこと、昭和四〇年一月頃接手管職場に「職場を明るくする会」という組織が作られたこと、昭和四〇年三月頃接手管支部総会が開催され役員の不信任決議がなされたことはいずれも認める。その余の事実はすべて否認し、その主張は争う。松本係長が総合事務所から現場事務所に机を移したのは、両事務所の距離が約五〇〇メートル離れていたため、従前から係長は職場に近接する現場事務所に机を置いて執務していたのでこの慣例に従つたまでである。また、同係長が各従業員に個別的に面接したのは、上長として部下の性格、家族の状況、希望等を把握しておきたいと考えたからであつて、工場の管理者として極めて当然の措置である。

(三)  同第三項の事実は、昭和四二年一月八日告示、同月二九日投票の衆議院議員総選挙が行なわれ、神奈川二区から日本共産党候補として松島松太郎が立候補したこと、同月一三日原告は上司に次週より一週間定時で帰りたい旨の申入れをしたが一日だけしか許可されなかつたこと、更に同月二〇日原告は上司に定時で帰してほしい旨申し出たところ、これを拒否されたのに、同日午後四時頃、定時で職場を離れたこと、同年七月三日被告は原告主張のようなことを理由として、労働協約及び就業規則に基き出勤停止七日間の懲戒処分に付し、同月一二日までに始末書を提出するよう通告したことは認めるがその余はすべて否認する。同年一月一三日原告が、一週間の定時帰りを申し出た相手は、佐藤作業長ではなくて、直属上長である八巻工長である。また、同月二〇日朝原告は再度八巻工長に対し「選挙応援のため今日も定時で帰してほしい」旨申し入れたが、同人が作業長の判断を仰ぐ旨原告に伝えたところ、作業時間中である午前九時一〇分頃、原告は佐藤作業長のところに赴き、「定時で帰してほしい」旨述べたのに対し、同作業長が接手管職場における作業の進捗状況、原告を残業させねばならない事情などを説明して原告の申し出を拒否したのである。

(四)  同第四項(一)の主張はすべて争う。

同(二)の事実を否認し、主張は争う。

同(三)の(イ)の主張は争う。

同三の(ロ)の事実は、原告が主張のようなビラをまいたこと、松本係長が原告に対し、定時で帰るよう命じたことは認めるが、その余は否認し、主張は争う。松本係長は「それほど疲れているのでは安全上問題があるから今後は定時で帰るよう」命じたのである。なお、原告がビラをまいた事実は、本件懲戒の情状として考慮したにとどまる。

同(三)の(ハ)の事実は、原告がバツテリーカーの運転経験を有していたことは認めるが、その余は否認する。接手管工場にはバツテリーカーは一台しかなく常時使用されるものであり、原告はバツテリーカーの要員でないのに遊び半分に無断で運転を行つたのである。

同三の(ニ)の主張は争う。

同(三)の(ホ)の昭和四一年九月七日原告が電話で腹痛のため休む旨連絡してきたことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

(五)  同第五項の事実のうち、昭和四二年七月四日以降一一日に至る出勤停止期間中の賃金を支払わないこと、被告会社川崎製鉄所の給与の支払日が毎月二二日であること、被告が原告に対し始末書の提出を求めたが、原告は現在に至るも始末書を提出していないことは認め、その余は否認し、主張はすべて争う。

二  主張

(一)  当事者

(イ) 被告会社は本店を東京都千代田区におき、神奈川県下に川崎製鉄所をはじめ六の事業所を、広島県他八道府県に事業所もしくは営業所を、また、米国その他諸外国に営業所を有する資本金七六三億八、四八〇万円の株式会社であつて、鉄鋼、船舶、肥料などの製造ならびに販売を主たる業務としている。被告会社の川崎製鉄所は、鋼塊、鋼材、鋼管などを生産する被告の主力工場で、従業員約一二、〇〇〇名である。被告会社の従業員は各事業所毎に労働組合を結成し、川崎製鉄所においても日本鉄鋼産業労働組合連合会日本鋼管川崎製鉄所労働組合(以下単に組合という)を結成しており、川崎製鉄所従業員たる原告は右組合に加入している。

(ロ) 原告の所属する製管第三課は、事務係、中径管圧延係、中径管精整係、冷牽係および接手管係の五係から成り、中径管工場、冷牽工場および接手管工場の三工場を運営している。

(ハ) 原告所属の接手管係は、二交替勤務職場で原告は現在、旋削のターレツト班に所属している。

(ニ) 原告は中学校卒業後、被告会社川崎製鉄所に入社し、直ちに同所日本鋼管従業員教修所に入校、昭和二七年三月末日同校を卒業、同年四月一日、当時の第一製管部製管第二課接手管係に配属された。昭和三八年二月一日組織改正により、同接手管係の所属が製管第二課より第二製管部製管第四課に変更され、また、昭和三九年一一月一日の職制改正により製管第四課は、製管第三課に名称が変つたので原告の所属も自動的に製管第四課となり、更に製管第三課となつた。

(二)  原告は左記のとおり、職場規律を乱し、あるいは上長に故意に反抗して秩序違反行為を重ねた。

(イ) 昭和四一年三月一四日、原告は昭和四〇年六月二二日付作業指示通知書により指名者以外は運転を禁止されているバツテリーカーを無断で運転し、当時、ターレツト班工長であつた佐藤奎吾より「禁止されているからやめるよう」指示注意されたにかかわらず運転を中止しようとせず、業務命令としてこれを禁止するに至り、はじめて運転を止めるに至つた。

(ロ) 就業規則第八八条第四号により、所属長の指示によらずに勝手に作業を中止することが禁止されているのにもかかわらず、原告は昭和四一年四月一四日就業時間中勝手に作業を放棄し、パンを食べ、原告の所属長である佐藤作業長より注意を受けるまで作業を行なわなかつた。

(ハ) 就業規則第四六条第一項は、休暇をとる場合、欠勤をする場合、いずれの場合においても前日までに諸休願によつて所属長に届出ることが規定され、同条但書にも記載のあるごとく、事後届が認められる範囲は極めて例外的、やむを得ぬ事情があると判断された場合のみに限られるにも拘らず、原告は同年九月七日原告の妻を通じ、同日は腹痛のため休む旨電話連絡を行つて欠勤したが、翌八日は何ら連絡もなさずに引続き欠勤した。そして、原告は九月九日出勤し、佐藤作業長に対し、七日、八日と続けて年次有給休暇にしたい旨の事後諸休願を提出しようとしたので、同作業長は、欠勤する場合は事前に連絡すること、年次有給休暇についての事後届は事前連絡のなされた九月七日についてのみ提出し、九月八日は無断欠勤として届出ること等の指示をすると共に、今後は事後にならないよう注意したが、原告は「年休は本人の権利だ、自分の都合で休んで何が悪いか、七日に電話連絡したから何日休もうと届出たことになる」と主張し、所属長の指示を全く聞き入れようとしなかつた。同日この事情を聞いた松本係長は原告を呼び、諸休願を書き直すよう指示説諭をしたが、それに従わず、更に渡部係長が同席し、約二時間にわたつて原告の言動の誤りであることを説諭し、会社内における作業秩序や従業員としてのあり方を説明したが、原告は一向に渡部係長の言葉に耳を傾けようとせず、反省の色をみせず、反抗的態度に終始しあげくの果て「何を言つているかさつぱりわからない」と暴言をはく始末であつた。

(ニ) 原告は作業中しばしば大声で労働歌を歌い、ひつかき捧で機械設備またはパイプ等を叩き、拍手をとるなどの行為を行つていたが、同年一一月二一日には作業中であるのに、放歌高吟していたため、松本係長は原告に対し、作業中しばしば放歌高吟していた従業員が事故に遭つたが、その助けを呼ぶ声が、歌を歌つているのだろうととられたため発見が遅れた場合もあるから、今後はやめるように指示したが、その後も依然としてこれをやめず、同係長の業務上の指示を無視した。また、同月二五日作業中大声で歌を歌い巡回中の三村作業長より注意を受けるも一向に態度を改めようともせず、上長の指示命令に従わなかつた。

(ホ) 以上の如く原告は再三にわたり秩序違反行為をなし、その都度注意を受けているにかかわらず、これを改めなかつたばかりか、更に次の如く上長の指示命令に従わず、職場秩序を乱した。すなわち、被告会社は組合と適法な時間外労働、休日労働に関する協定を締結しており、更にその細部協定ともいうべき月々の生産計画ならびに稼働体制に合せた課別月別超過労働時間協定書を、支部組合員の意向も十分反映させながら、組合本部と締結していたのであり、また、労働協約五一条および就業規則二五条において、会社が従業員に対し、前記時間外労働に関する協定の範囲内において、時間外労働に服すべきことを命ずることができる旨規定されていることなどから、当然原告は所属長の命ずる前記残業協定の定める範囲内の時間については残業命令に服すべき義務を負担していることは明らかであるところ原告は昭和四二年一月二〇日所属長から「同日はすでに四名の休業者があり、これ以上休業者が出ることは生産に支障を生ずること、加えるに、明日までに納入しなければならない製品を生産していること、従つて残業命令に服すよう」再三にわたる説得を受けたに拘らず、原告は「おれと会社とは残業協定を結んでいない。従つて定時で帰るのは自由だ」と反抗し、午後四時から午後五時三〇分に至る一時間三〇分の残業命令を拒否し、定時で帰る行為を敢て行つた。

(三)  前項に記載した原告の行為を就業規則に照らすと、(イ)の事実は八八条四号、一六号に、(ロ)の事実は八八条四号に、(ハ)の事実中職制との応答における反抗的態度ならびに職制の指示に従つて指示されたような事後届を提出しなかつた事実は、八八条一六号に、無届欠勤の事実は八八条一号に、(ニ)の事実は八八条一六号に、(ホ)の事実は昭和四二年一月二〇日現在が生産計画遂行上一時間三〇分の残業が恒常的に計画され、この残業を含めた午前八時から午後五時三〇分までが一つの所定就業時間としての形態をととのえていた状態においては正当な理由なくして早退した行為とも見なし得るものであり、また、上長の指示命令に従わなかつた行為として八八条一四号一六号に該当する。ただし、右のうち無届欠勤の事実については八八条一号を適用せず、単に情状として考慮した。

(四)  原告は右一連の秩序違反行為を通じて職制の指示に対し、常に反抗的で素直に従う意慾を欠いている。このことは結局、原告には企業の構成員としての意識とか、管理機構に対する認識あるいは労働契約上の労務提供の意味に関する理解が全く欠如していることを示している。被告会社は慎重検討の結果、原告の行為は綜合的にみて就業規則八九条一号の「前条各号の行為が再度におよぶか、または情状重いとき」に該当するものとし、同規則八七条三号ならびに八九条一号により出勤停止七日の処分を行つたのである。

(五)  被告は、同年五月一九日原告に対する懲戒処分を決定し、同日労働協約二八条ならびに同条覚書に基き組合に対し、原告を七日間の出勤停止処分に処する旨の通知をなし、右処分について組合の意見を求めたところ、同年六月二三日組合から本件懲戒について異議ない旨の回答書が提出された。そこで翌二四日原告を前記懲戒処分に付する旨の決定がなされ、労務課長より製管第三課長に通知され、同年七月三日小滝製管第三課長は原告を呼び、松本係長、小泉、佐藤各作業長立合の上原告に対し「七月四日から七月一一日まで出勤停止処分に処する」旨通告した。

(六)  本件処分は出勤停止であるが、就業規則八七条三号は「出勤停止は譴責したうえで七日以内の出勤を停止、その期間賃金を支給しない」とあり、同条一号に「譴責は訓戒したうえで始末書を出させる」となつており、減給の場合も同様に譴責の上減給することとなつていて、出勤停止処分はその処分内容として当然に訓戒と始末書を出させることと出勤を停止してその期間賃金を支給しないことが含まれているものである。しかしながら、原告は訓戒について全くそれを聞こうとせずまた始末書は現在に至るも提出されていない。

(七)  被告会社の行つた残業命令の根拠について

(イ) 時間外労働に関するいわゆる三六協定は、それが労働組合との間に締結された場合、単に労働基準法違反に対する免責的協定たるに止まると考えるべきでなく、個々の組合員たる従業員に対し残業命令に服すべき民事上の義務(拘束力)を発生せしめるものと解すべきである。しかるに、原告主張の如く三六協定を、単に免責的効果のみを有するものとし、残業につき個別的同意を必要とするとするのは、近代企業において労働者が有機的な関係で従業員集団を構成しつつ、労働協約を締結して労務を提供している今日の労働関係の実態を無視し、ひいては企業の生産活動そのものを不能に陥らしめるもので、誤りである。このように三六協定が労働組合との間に締結された場合、労働者の労働条件を定める労働協約として当然所属組合員に対し、規範的効力を有するものであるところ、被告と原告の所属する組合との間には三六協定が存在し、しかも原告は組合員であるから、当然被告の残業命令に服すべき義務がある。

(ロ) 仮りに、被告と組合間の三六協定(乙第五号証)は、単に免責的協定たるに止まると解する余地があるとしても、被告会社川崎製鉄所の場合、会社、組合間に労働協約(乙第一号証)が存在し、その五一条は「会社は業務の都合上、やむを得ない場合は、あらかじめ単組と書面による協定をし、行政官庁に届出て所定就業時間以外に早出、残業、呼出しまたは休日に労働させることができる」と定めている。従つて、組合員は労働協約五一条の規範的効力により当然右三六協定の範囲内で残業命令に服すべきことが労働契約の内容となつており、会社の残業命令に従うべき義務を負うものである。

(ハ) 更に本件の場合、被告会社川崎製鉄所においては、会社組合間で、三六協定(乙第五号証)の範囲内で労働協約第五一条(乙第一号証)に加えて、超過労働時間に関する協定(乙第六号証)が締結され、それは組合員がその範囲内で時間外勤務義務を負担する趣旨で締結されているのであるから、組合員は個別的に就業命令に服すべきことが労働契約内容になつていることが明らかである。すなわち、被告会社川崎製鉄所においては、生産計画ならびに稼働時間(毎日の残業を含めている)が、中央労使協議会、川崎製鉄所労使協議会、労務専問協議会および各課(工場)と各支部間の話し合いにおいて、組合員の意向も十分反映された後決定され、その決定された生産計画ならびに稼働時間に基いて、各課(工場)別、月別の細部にわたる具体的超過労働時間に関する協定(乙第六号証)を締結している。しかもその協定は、会社と組合本部との協議は勿論のこと各課(工場)と支部の間における十分な話合いを経て、下部組合員の意見と要望を集約し、会社と組合本部との間で締結されているものである。このように、被告会社川崎製鉄所におけるいわゆる三六協定と別個に締結される超過労働時間に関する協定は、組合員の意見や要望を取入れた労使の十分な協議を経て決定、締結されたものであり、これはその範囲内で時間外勤務義務を負担する趣旨を明らかにしたものであり、規範的色彩は極めて濃いといえるから、原告は残業命令に服すべき義務を負うものである。

(ニ) また、三六協定の他に残業命令を根拠づける協定(乙第六号証)があるにかかわらず、更に原告主張の如く時間外労働に関し個別的同意が必要であると仮定しても、近代資本主義社会における企業内労働条件の定型化、集団化という実態に鑑み、適法な三六協定の締結と届出を条件として協定に定められた範囲内で時間外勤務義務を負担し、会社の業務命令に従うべき旨を予め契約することは有効であると解せざるを得ない。そして、被告会社川崎製鉄所においては就業規則二五条に「業務の都合によりやむを得ない場合は、あらかじめ組合と書面による協定をして、所定就業時間以外に早出、残業、休日出勤または呼出しを命ずることがある」と定めており、この規定から、三六協定および超過労働時間に関する協定の範囲内で時間外勤務義務を負担することがあらかじめ労働契約の内容となつていると解することができる。すなわち、原告は労働契約において残業命令に服すべき個別的同意をしているものである。

(ホ) 更に、被告会社の定時間は実働七時間、拘束八時間であり従つて残業命令一時間分については労働基準法上の問題は起り得ない。実働七時間を超える部分については前記労働協約五一条、超過労働時間に関する協定ならびに就業規則二五条により労働者は会社の就業命令に服する義務を有し特にその一時間分については三六協定を単に免責的な協定と主張する立場にたつても就労拒否権を全く認められないものといわなければならない。しかるに原告は右一時間についても就労を拒否したのであるから労働協約ならびに就業規則上会社の業務命令に違反したことは明らかである。

(八)  原告の差別取扱いの主張について

本件懲:戒は共産党員に対する差別とは全く関係はない。現に会社は昭和三九年九月三〇日川崎製鉄所において残業命令拒否について次のような懲戒を行つている。

氏名

所属

処罰区分

橋本長次郎

製管第四課(現第三製管工場)

出勤停止七日

松野嘉夫

推野義則

高橋康夫

村石克己

上野進

譴責

田口功

原告は、残業命令拒否の以前に反覆して秩序違反行為を重ねており、何人と雖も原告と同じ行為を行つたならば被告会社としては懲戒権を行使せざるを得なかつた事情にあつたものである。本件懲戒が出勤停止七日間という懲戒内容からみても必ずしも苛酷なものとはいえず、原告の行つた反覆的秩序違反行為と残業命令違反の事実を綜合的に勘案すれば、量刑上原告を差別扱いしたという事実も全く存しない。

第四、被告の主張に対する原告の答弁

被告の主張(一)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の事実は全部認める。

同(二)の(イ)の事実中、その主張の頃原告がバツテリーカーを運転し、佐藤工長より運転をやめるよう注意を受けたことは認めるが、その余は否認する。

同(二)の(ロ)の事実は否認する。

同(二)の(ハ)の事実中、その主張の頃八巻工長より事後届が多い旨の注意があつたこと、同年九月七日原告の妻を通じ腹痛で休む旨の欠勤の電話連絡をし、翌八日も引続き休んだこと、九月九日原告が事後届を出したことは認めるが、その余は否認する。

同(二)の(ニ)の事実中その主張の頃、松本係長や、三村作業長より歌を歌うことをやめろといわれたことは認めるが、その余は否認する。

同(二)の(ホ)の事実中、「すなわち」以下「残業命令に服すべき義務を負担していることは明らかであるところ」までの記載事実は争い、そのあとに記載された事実は認める。

第五、証拠〈省略〉

理由

被告が被告主張のような会社であること、原告が昭和二四年四月一日被告会社川崎製鉄所の従業員となり、昭和四二年当時、製管第三課接手管係に所属し、ターレツト旋盤の業務に従事していたものであり、右川崎製鉄所の従業員をもつて組織する被告主張のような名称の労働組合の組合員であること、被告は原告に対し昭和四二年七月三日付で、労働協約四〇条四号、一四号、一六号、四一条一号ならびに就業規則八八条四号、一四号、一六号、八九条一号により、昭和四二年七月四日から同月一一日まで出勤停止七日間の懲戒に処する旨ならびに労働協約三九条一号、三号、就業規則八七条一号、三号に基き、同月一二日までに始末書を提出するよう通告したことは当事者間に争がない。

成立に争のない乙第一号証、第二号証、第三号証によれば、右労働協約は被告会社と日本鋼管製鉄労働組合連合会との間で、昭和四一年九月一日締結されたものであること、右労働協約および被告会社川崎製鉄所就業規則の前記各条文は別紙のとおりであることが認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。

そこで、先ず被告が本件懲戒処分の事由として挙げる事実の存否について検討する。

証人松本正徳の証言により成立を認め得る乙第九号証に、証人佐藤奎吾、同松本正徳の各証言および原告本人尋問の結果(第一、二回、ただしいずれも一部)によれば、次に記載する(イ)ないし(ニ)の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しないし、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

(イ)  原告の所属する接手管係においては、作業場内において材料等を運搬するために使用するバツテリーカーの運転は、事故防止のため、昭和四〇年六月二二日以後は運転者を指名したうえ、指名者以外の者は絶対に行つてはならないこととされ、同日付で松本係長名でその旨の作業指示書が発せられ、各作業長、工長を通じて従業員に知らされ、そのとおり実行されていたものであるが、原告は昭和四一年三月一四日頃、指名された者でないのに、作業場内でバツテリーカーを無断で運転して、佐藤工長より運転をやめるよう注意されたが、「お前に注意される理由はない」などと答えてやめようとせず、再三の注意により漸くやめた。

(ロ)  原告は昭和四一年四月一四日頃、午前八時の始業後間もない就業時間中に、担当の機械を止めてパンを食べていて、折から巡回中の佐藤作業長より、すぐ作業に就くよう注意された。

(ハ)  原告は同年九月七日腹痛のため、妻に被告会社に電話連絡させて欠勤し、翌八日は何の連絡もせず引続き欠勤し、同月九日に出勤して、所定の諸休願用紙に腹痛を理由として七日、八日両日を年次有給休暇としたい旨を記載した届書を提出したが、佐藤作業長より八日の分は事前に何の連絡もなく、また、事情の説明もなされないので、年次有給休暇としては認められないから、届けを出し直すよう指示されたが、原告は「腹痛で休んで次の日も休めば腹痛と想像がつくだろう。書き直す必要はない。」などと述べて書直しに応ぜず、更に松本係長からも書直すことを指示されたが応じなかつた。その結果原告は右両日を欠勤扱いとされた。

(ニ)  原告は同年一一月二一日頃、作業中に大声で歌を歌つていて、松本係長より、真面目な作業態度とはいえない。他の迷惑になる。万一当人に事故が発生し、救助を求めても、歌を歌つているのだろうと思われて救助が遅れることもあり得る。などを理由に、歌うのをやめるように注意されたが、「口があるし、人間の声を出すことは禁止できない。歌つても差支えないだろう。」「人権じゆうりんだ。」などと答え、そのときはやめたものの数日後また同様作業中に歌を歌つて三村作業長より注意を受けた。

次に記載する(ホ)の事実は当事者間に争がない。

(ホ)  昭和四二年一月二〇日原告は、所属長の残業命令に服するよう再三にわたる説得にも拘らず、「おれと会社とは残業協定を結んでいないから定時で帰るのは自由だ」と述べて午後四時から午後五時三〇分に至る一時間三〇分の残業命令を拒否して定時で帰つた。

ところで、成立に争のない乙第一号証、第三号証、第五号証、第六号証、証人渡部達雄の証言により成立を認め得る乙第七号証に、証人渡部達雄、同松本正徳の各証言によれば、被告会社は原告の所属する前記組合に対し、昭和四二年度第四、四半期(同年一月一日より同年三月三一日まで)における生産計画を提示して協議を重ねた結果、同年一月一日同組合との間に、右期間における時間外労働、休日労働に関する書面による協定が成立し、これにより各課、各係および従業員一人当りの残業時間が決定され接手管係においては通常勤務は拘束八時間、実働七時間であるところ、毎日一時間半の残業を恒常的に行なうことを定めたこと、一方被告会社と日本鋼管製鉄労働組合連合会とが結んだ前記労働協約五一条は「会社は業務の都合上やむを得ない場合は、あらかじめ単組と書面による協定をし、行政庁に届け出て所定就業時間以外に早出、残業、呼出しまたは休日に労働させることができる」と定め、また、被告会社川崎製鉄所の就業規則は右労働協約の定めに従い、その二五条において「業務の都合により、やむを得ない場合は、あらかじめ組合と書面による協定をして、所定就業時間以外に早出、残業、休日出勤または呼出を命ずることがある」と定めていることが認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。会社と組合との間に残業に関するいわゆる三六協定が結ばれているからといつて、これだけで会社は直ちに個々の労働者に対し、残業を命じ得ると解すべきではないが、本件においては残業に関し、労働協約に従つて定められた前記のような就業規則の規定があり、原告が右規定と異なる労働契約を結んでいたことを認め得る証拠もないから、右就業規則の法規範的効力により、会社は前記協定で定めた範囲内で、原告に対し適法に残業を命じ得るものというべく、これに対し、原告は超過勤務義務を負担し、正当な理由がなければこれを拒否し得ないものといわなければならない。従つて、被告の原告に対する右残業命令は、何ら憲法一八条または労働基準法五条に抵触するものではなく、この点に関する原告の主張は理由がない。

更に、原告は、残業を拒否したのは、昭和四二年一月八日告示同月二九日投票の衆議院議員総選挙に、神奈川第二区から立候補した日本共産党候補者松島松太郎の選挙運動のためであつたと主張するが、第三者のための選挙運動は、労働基準法七条にいう「選挙権その他公民としての権利の行使」とは認め難いから、会社は原告に対し、そのための時間を保障する義務を負うものではない。また、原告は同月一三日被告会社に対し、同様の理由により同月一六日より一週間の定時帰りの申出をなし、一日だけ許可されて定時で帰つたことがあり、これに続いて再度の申出をなしたのに対して前記残業拒否問題が発生したものであることは当事者間に争がない上に、原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、右選挙運動の内容は、右候補者の演説会場において、文工隊の一員として歌を歌つたり踊りを踊つたりして演説会の前座を勤めることであつたことが認められるのに対し、証人佐藤奎吾、同松本正徳の各証言によれば、接手管係においては当日四名の欠勤者があつたため、その上原告が定時で帰つては予定の作業に支障を来たすおそれがあつたため、佐藤作業長は原告に対し、右のような業務の都合により定時帰りは認め難い旨述べて極力残業するように説得したことが認められるから、このような事情のもとでは、原告主張の理由は、残業を拒否し得る正当な理由とは認め難い。そうすれば、原告の前記残業拒否は、就業規則八八条一四号、一六号の懲戒事由に該当するものというべきである。

次に、前記(イ)ないし(ニ)の事実を就業規則に照らすと、(イ)の事実は八八条四号、一六号に、(ロ)の事実は八八条四号に、(ハ)、(ニ)の各事実は八八条一六号にそれぞれ該当するものということができる。しかしながら、右のうち、(ハ)の事実は、原告が作業上の指示命令に従わなかつたというのではなく、原告一個人の休暇届に関して生じた問題であるうえに、原告が指示通りの届けを出し直さなかつたために、原告はすでに欠勤扱いという不利益処分を受けたのであるから、これに対し、重ねて右条項を適用して懲戒事由となし、あるいはこれを本件懲戒の情状として考慮するのは相当でない。

原告が、昭和四一年三月一四日ころより昭和四二年一月二〇日ころまでの間に行つた前記(イ)、(ロ)、(ニ)、(ホ)の事実を綜合して判断すれば、たとえ右(ハ)の事実を除外しても優に就業規則八九条一号の「前各号の行為が再度におよぶかまたは情状重いとき」に該当するものと認められるから、被告が原告の行為に対し、右規定および同規則八七条一号、三号を適用して、原告を出勤停止七日間の懲戒処分に付し、かつ、始末書の提出を求めたのは相当といわなければならない。

原告は本件懲戒処分は、原告が選挙活動に参加するため、時間外労働をしなかつたことを理由とするものであつて、原告の正当な公民権の行使と政治活動に対する重大な侵害であつて労働基準法七条に違反し無効である旨主張するが、前記のとおり、同条の「選挙権その他公民としての権利の行使」の中には、他の候補者の応援のための選挙活動の如きは含まないものと解するのが相当であるところ、原告のいう「選挙活動に参加するため」とは、第三者である訴外松島松太郎のための選挙活動を指すものであるから、被告が原告の定時帰りを認めず残業することを命じたことは原告の選挙権その他公民としての権利の行使を妨げたこととはならず、右労働基準法の規定に違反するものとはいえない。従つて本件懲戒処分が原告の残業拒否の事実を懲戒事由としたからといつて、無効となるいわれはない。

原告は、また、本件懲戒処分は、原告を共産党員またはその同調者とみなした被告の原告に対する思想信条を理由とする差別的取扱いであつて、憲法一四条、労働基準法三条に違反し無効であると主張するが、原告の全立証をもつてしても、右事実を認めることはできないから、原告の右主張も採用できない。

以上認定のとおり、原告主張の無効事由はいずれもこれを認めることができず本件懲戒処分は相当であるから、懲戒処分の無効を前提とする本訴請求は、すべて失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅家要 山崎宏八 田村洋三)

(別紙)

労働協約抜すい

(懲戒の種類および方法)

第三九条 懲戒は、その程度によりけん責、減給、出勤停止、諭旨解雇および懲戒解雇の五種とし、その一または二つ以上を科する。

ただし、反則行為が軽微であるか、または改心の情が著しいときは情状を酌量する。

一、けん責は、訓戒したうえで始末書を出させる。

三、出勤停止は、けん責したうえで七日以内の出勤を停止し、その期間賃金を支給しない。

(二号、四号、五号は省略)

(けん責)

第四〇条 会社は組合員がつぎの各号の一に該当するときは、けん責に処する。

四、所属長の指示によらないで勝手に作業を行ないまたはやめたとき。

一四、正当な理由なくして遅刻、早退、欠勤したとき。

一六、正当な理由なくして上長の指示命令に従わなかつたとき。

(一号ないし三号、五号ないし一五号、一七号ないし二三号は省略)

(減給、出勤停止)

第四一条 会社は組合員がつぎの各号の一に該当するときは、減給もしくは出勤停止とする。

一、前条各号の行為が再度に及ぶかまたは情状重いとき。

(二号ないし四号は省略)

就業規則抜すい

(懲戒の種類)

第八七条 懲戒は、その程度により譴責、減給、出勤停止、諭旨解雇および懲戒解雇の五種とし、その一または二つ以上を科する。ただし、反則行為が軽微であるか、または改心の情が著しいときは情状を酌量する。

一、譴責は、訓戒したうえで始末書を出させる。

三 出勤停止は、譴責したうえで七日以内の出勤を停止し、その期間賃金を支給しない。

(二号、四号、五号は省略)

(譴責)

第八八条 社員がつぎの各号の一に該当するときは譴責に処する。

四、所属長の指示によらないで勝手に作業を行ないまたはやめたとき。

一四、正当な理由なくして遅刻、早退、欠勤したとき。

一六、正当な理由なくして上長の指示命令に従わなかつたとき。

(一号ないし三号、五号ないし一五号、一七号ないし二三号は省略)

(減給、出勤停止)

第八九条 社員がつぎの各号の一に該当するときは減給または出勤停止に処する。

一、前条各号の行為が再度におよぶか、または情状重いとき。

(二号ないし四号は省略)

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